

鶴が舞う姿に似た「唐津城」。秀吉の側近だった寺沢広高が、名護屋城の資材を使って1607年に築城を開始。天守閣を鶴の頭に、左右に広がる松原を翼に見立て、鶴が舞う姿に似ていることから、別名「舞鶴城」とも呼ばれています。唐津湾を一望できる展望所からは、美しい虹の松原や宝くじの神社として有名な宝当神社のある高島などが眺められ、景色も絶景です。また春の桜、初夏の藤の名所です。展望所まではエレベーターも運行しています。
石炭王・高取伊好の邸宅だった建物で能舞台や杉戸絵など見応え十分。
奈良時代(755年)創建住吉三神と神田宗次を祀っており、秋季大祭は唐津くんちとして全国的に有名です。
東京駅を設計し日本建築史に残る辰野金吾博士(唐津出身)の弟子・田中実氏設計による明治45年築の辰野式建築。赤煉瓦の優美さに往時の唐津の隆盛が偲ばれます。
歴代の唐津城主が帰依し、菩提寺とした寺で、名護屋城の一の門を移した山門が有名です。また、この寺には、江戸時代の浄瑠璃作家 近松門左衛門の遺髪塚が残ってます。境内の小笠原記念館も見どころです。
神功皇后を祭り神とする神社。白羅出兵の時に玉島川で釣りをされ、鮎がかかったという伝説があります。その時釣り台となった石が神社の前に残っており「垂綸石」と呼ばれています。神社の鳥居に掛かる扁額には「神功皇后宮」とあり、また、神殿の奥には注連縄が施してある篠竹の群があって、社伝を読むと、「釣竿として使われた竹を挿して根づいた竹群」とあります。日本書記そのままの風景がここに残されています。そしてこの話は「万葉集」にも詠まれています。